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ロジ書評 Vol.3 『冷ややかな悪魔』

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ゆりり
ゆりり
ロジ書評 Vol.3 『冷ややかな悪魔』

私は本当に「結婚」がしたいのだろうか?

ふとしたときに、本当の意味で結婚をしたい理由を考えてみると、
・夫と生計を共にして、節約したい
・凡庸な今の苗字を変えたい
この二つしか挙げられない。

一方で、”結婚がしたい”のではなく、”結婚をしたほうがいい”理由を探すとたくさん出てくる。

田舎の生まれ。地元にいる同級生はとっくに結婚して子供を産んでいて、祖母からはお見合いを提案される。女はクリスマスケーキと一緒で25以上は売れ残り——といった風潮は流石に廃れつつあるが、30歳は? 35歳は? 時代に合わせてその年齢が繰り上がっただけではないか?

その年になって結婚していないと流石に”何か”あるのかな、と勝手に推察されて距離を置かれる。私はこの「冷たさ」に耐えられなくて、結婚がしたいと思っているのだ。

一年中海外を飛び回っている商社勤務の有田ユカリ。
ある日、本社に呼び出されると、出張禁止を告げられた。
理由は、体脂肪率が高いために、万が一があると困るから。
思いがけず日本での暮らしを強いられたユカリは、既婚か未婚かばかりを問われる村社会っぷりにげんなりし、今すぐにでも海外にエクソダスしたい。
そのためにも体脂肪率を下げるべくジムに熱心に通い、狙い通り数字も改善されてきた矢先、あるものを拾い……。

あらすじ
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この話の主人公は、都会生まれ都会育ちのバリキャリの37歳女性だ。海外を飛び回る今の仕事が天職だと思っているが、本社の意向で突然「体脂肪率」を理由に出張禁止令を出される。
年がら年中「痩せたい」と思っている私(というか、ほとんどの女性はそうかもしれない)にとって、仕事がしたいから仕方なくジムに通うことを決心したユカリは「かっこいいな」と素直に思う。

が、彼女の身長は160センチで、体重は59キロである。この話を読んで、最も驚愕した箇所だ。
BMIに換算すると、23.05。適正体重が56.32kgなので、2-3キロほど上回ってはいるが適正。数値としては肥満と定義づけされはしない体重である。私は勝手にユカリを「どうみたって肥満体型」と予想していた。なんたって、会社から出張禁止になるほどの体型と聞いていたからである。

ユカリが出張禁止となった理由は体脂肪率で、体重やBMIを見られているわけではないのだが、この話に登場する他の人物たちすらユカリをデブ扱いする。
ユカリ自身は自分が別にデブでも構わないのに、やりたいことを制限されるところまで来たから渋々迎合するのだ。しかし、それをきっかけに「冷ややかな悪魔」たちの存在を目の当たりにする。

ネタバレになる内容は極力避けるのだが、この物語を動かすあるものの存在は、ソロモンの指輪のようだと私は考える。

ソロモンの指輪(ソロモンのゆびわ)は、偽典のひとつとされる『ソロモンの遺訓』(『ソロモンの聖約』)に記された、ヤハウェの命を受けた大天使ミカエルよりソロモン王に授けられた指輪である。ソロモンの指輪は真鍮と鉄でできており、様々な悪霊を使役する権威を与えると伝えられている。

Wikipedia「ソロモンの指輪」

そして”冷ややかな悪魔”とは、ユカリを——そして私を取り巻く周囲を指すのではないか。

結婚願望ゼロで今の生活で充分、周囲も主に仕事周りで「そういう人間」にありがたがっているのに、結婚をしていないとはみ出し者とされる。
それは、排他的な田舎町で育った私だけではなく、都内で働くバリキャリ出張ジャンキー女にも追いかけてくるのがグロテスクだ。改めて、結婚をしたいのか? それとも結婚の恩恵が欲しいのか?

家庭を持ちたいと思ったことがない。結婚したいと思ったこともない。(中略)海外にいるとそんな自分と、難なく共存できる。が、こうして一つ所で会社員などをしていると、どうしても世の村人たちが変人に内省を促す。

(p.52 14行)

芥川賞を受賞した『コンビニ人間』(文藝春秋/村田沙耶香)では、社会のはみ出しものが唯一「普通」を目指せるところをテーマに描かれていた。どこへ向かっても、はみ出し者の居場所がない。
はみ出し者がこの恩恵を受けるには、悪魔との契約をしなければならない。間違えると罰される。「普通」だったらこの生きづらさも感じずに済んだのかもしれない。
見た目にこだわって痩せたがるのは普通で、37歳女性は結婚してなんなら子どもがいるのが普通。しかし、その普通を選択した場合、本当にやりたいことはどこへ向かうのだろう。

そういえば、既婚者の友人が「結婚してよかったことの一つは、恋愛市場から降りられたこと」と言っていたのが印象に残っている。
職場で、サークルで、さまざまな場所で、左手の薬指に指輪をはめているだけで、そのコミュニティに不要な好意が発生しづらくなったと。未婚であるただそれだけで市場に乗せられている感覚がある。この向けられる目線は、性別は関係なく発生するものだ。

『冷ややかな悪魔』、多様性が認められる風潮の中で、それでも変わりきれないものに押しつぶされそうな作品だ。

この本は、100min.NOVELLAから発行されている。これはU-NEXTのレーベルで、約100分夢中で読める中編小説を年4回刊行するという季刊レーベルという。
その刊行テーマの通りすぐ読み切ってしまうボリュームなのだが、帰省のための移動中にこの本を読了した未婚の私の感情をよく想像して欲しい。概ね、上記に記した通りである。

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同人誌のようなやわらかで気軽な装丁が気に入って店頭購入したが、U-NEXTのサブスク契約している人は無料で読めるらしいので是非!

《書籍情報》
『冷ややかな悪魔』
石田夏穂 著
出版社:U-NEXT (2025/4/11)
ISBN: 978-4-9102-0753-7


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