「クイズ王」と呼ばれる存在を、一度は目にしたことがあると思う。
一般人には、全文を読まれても回答がわからない問題を、全文を読まれてもいないのに即時に回答を出せるのはまさしく魔法のようである。そう、クイズ王とは「魔法使い」のように見える。
クイズ番組の決勝で三島の対戦相手は問題が一文字も読まれぬうちに回答し正解し優勝を果たす。不可解な「ゼロ文字正答」の謎を解明すべく調査する三島はやがて——。知的興奮に満ちた圧巻のエンターテイメント!
だから「ゼロ文字正答」をするクイズ王が居たってなんら不思議ではない。一文字も読まれていない質問に対し、クイズ王は魔法のような力でそれに回答してみせる存在なのだ。
と、冷静に考えてみると、そんなことはできるはずがない。
世の中に存在する無限の可能性から、たったひとつのワードを発し正答することなど不可能に近い。クイズプレーヤーであれば、そのできること・できないことは当然わかる。
しかし、クイズプレーヤーではない一般人にとっては即座に回答を導き出せることそのものが常人離れした行為である。だからなんでもアリだと思えてしまう。
この小説は、クイズプレーヤーが決して魔法使いではないことを証明する一冊だ。彼らが、どういう仕組みでクイズを解いているのか。その思考の導線は、私たち一般人の考え方となんら変わらないものだと分かる。
主人公の三島はクイズ番組の生放送にて、本庄絆というクイズプレーヤーとクイズの決勝戦で戦うことになる。
三島はクイズ一筋で、いわゆるテレビ慣れもしていない。一方、本庄絆はテレビや視聴者が求めているようなわかりやすいアンサーを出せる、タレントのようなクイズプレーヤーだ。
文中にて登場人物を名詞とするとき、名字や名前で書くものだが、この作品では本庄をずっと「本庄絆」とフルネームで書いている。
これに作者の意図があるか不明だが、これがすごく"クイズプレーヤー"っぽい。三島視点で物語が進むので、三島が本庄を「本庄絆」と呼んでいるから、と言われてしまえばそこまでだが、芸能人をフルネームで呼ぶような、細かな着眼を感じる。
「ピンポン」という音は、クイズに正解したことを示すだけの音ではない。解答者を「君は正しい」と肯定してくれる音でもある。
三島は本庄(のような有名人)に勝利することによって、自分を肯定したいのではないか?
この推測で物語を読んでみると、ますますクイズプレーヤーの彼らが「魔法使い」のような高次元存在とは思いにくくなる。彼らも私と同じように嫉妬したり、全力を出して勝負に挑んでいる感覚を持っていることに親近感を抱く。
私には音楽という趣味がある。仲間とライブに行ったり、演奏したり、すごくつらいことがあったときに音楽を聴いて感傷に浸ることもある。
たぶんあなたの人生にも、自分に寄り添ってくれる大切なものがあると思うが、クイズプレーヤーにとってのクイズがそれなのだ。
僕はどうしてクイズを楽しんでいたのか。それはきっと、クイズに正解することが、そのまま僕の人生を肯定することにつながっていたからだ。
クイズプレーヤーは、頭の中に巨大なデータベースを保持していて、そこから解答を引っ張り出している……というわけではないらしい。恋愛や失恋、ライフイベントによって偶然獲得してきた知識を、クイズに解答するという形式で昇華しているのだ。
答えられないのは、データベースに載っていなかったからではなく、そのクイズプレーヤーの人生に関わってこなかったからだという。
おそらくこの作品のサブテーマになっているのが「中傷」である。根拠のないことを言いふらして名誉を傷つけることの怖さをうまく描いている。(一方「誹謗」はテーマにしていないと思う)
そして、レッテル貼りをすると色々楽なのだ。
あらすじにも記載した「ゼロ文字正答」の謎。これを、テレビ番組特有のヤラセだ、と言い切ってしまうのは容易い。なぜ容易いかというと、推理や事実確認が不要だからである。つまり事実に向き合う時間がなくなるので、考えなくても済むのだ。
だが、三島はクイズプレーヤーである。「正答をしたい」人間なのだ。答えを知るためには、容易い方向に向かわない。
クイズは面白い。テレビからYoutube、個人のオリエンテーション企画などでずっと採用され続けているコンテンツだ。だからこそ、そのクイズが得意な人は有名になり得る。有名になると、中傷される機会も増える。
タレントのように有名なクイズプレーヤーになっていくことによって、一方的なレッテル貼りにどのように立ち回っていくのか? 何を感じているのか?
この本を最後まで読んだ人に尋ねたい。
タイトルの『君のクイズ』とは何か? 「君」とは誰だ?
三島? 本庄絆? それとも作中に登場する別のキャラクターを指すのか?
クイズに正解するということは、その正解と何らかの形で関わってきたことの証だ。僕たちはクイズという競技を通じて、お互いの証を見せあっている——そんなことを考える。
私なりの解答を述べると「君」とは私であり、あなたのことを指す。
私は多分、音楽の特定分野のことは人より少し詳しい。だからそのクイズが解けるし出せると思う。あなたもまた、ある特定の分野のクイズを解答できるはずで、出題できるはず。クイズとは人生である。
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《書籍情報》
『君のクイズ』
著:小川 哲
出版社: 朝日新聞出版 (2025/4/25)
ISBN:978-4022651938